大判例

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仙台家庭裁判所 昭和46年(家)1084号 審判

〔主文〕申立人の本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

〔理由〕申立人代理人は、「申立人が昭和四六年一〇月八日仙台市長に対してなした転籍届を受理すべきことを命ずる」旨の審判を求め、その実情として別紙「申立の理由」および「申立理由補充書」記載のとおり述べた。

よつて、審案するに、申立人の転籍届、仙台市長の不受理証明、筆頭者藤本孝之の戸籍謄本および申立人に対する審問の結果によれば、申立人はその主張のとおり韓国人であるが、亡藤本孝之と婚姻し長女まゆみをもうけたが、夫死亡後同人とその長女についてのみ編製された戸籍の転籍の届出をして、仙台市長によつてこれが不受理となつたことが認められる。そこで、右転籍届出の不受理の当否について検討するに、転籍はすでに編製された戸籍の本籍地を変更するものであり、その届出は戸籍の筆頭者およびその配偶者にかぎつて許されることは戸籍法第一〇八条の規定により明らかである。そして戸籍の編製は日本人である夫婦およびこれと氏を同じくする子ごとに編製され、外国人はたとえ日本人の配偶者であつても戸籍の編製が認められないことは同法六条に照らし明らかである(この意味で戸籍は日本人の身分関係を公証する公正証書であるにすぎない)。そうだとすると、戸籍法第一〇八条に規定する配偶者とは当該戸籍に在籍する配偶者に限るものと解すべきであり、たとえ配偶者であつても外国人であるためその戸籍に編製されてないものについては転籍の届出は許されないものといわなければならない。筆頭者および戸籍上の配偶者が不存在の場合に子その他の者にも転籍の届出を許すべきか、または外国人である配偶者に転籍の届出を認めるためその前提として外国人にも戸籍の編製を許すべきか否かは立法政策の問題であつて、現行戸籍法の解釈を越えた問題と思料する。

以上の次第で、申立人のなした亡夫の戸籍の転籍の届出は不適当であるので、これを受理しなかつた仙台市長の処分は正当であり、したがつてその処分を不当とする本件申立は理由がないのでこれを却下することとし、申立費用の負担について民事訴訟法第八九条を準用して主文のとおり審判する。 (若林昌子)

<別紙一>

申立の理由

一、申立人は、韓国国籍の外国人であるが、昭和四二年一二月四日藤本孝之(日本人、本籍東京都○○区○○参丁目○○番地)と婚姻、その届出をなし、仙台市○○○五番地で同居、生活して来た。

二、その後、申立人ら夫婦間に、昭和四四年三月四日長女まゆみが出生、同月三一日届出、四月一〇日本籍に送付、入籍された。

三、ところで、昭和四四年五月一〇日藤本孝之は交通事故で死亡するに至つた。

四、そこで申立人は、長女藤本まゆみの本籍が東京であることに種々不便を感じていたので、昭和四六年一〇月八日これを現住所に転籍すべく届出を仙台市長に提出したところ、受理されなかつた。

五、不受理の理由として申立人に示されたことは、戸籍法一〇八条が、転籍届は筆頭者及びその配偶者がなすべきであると定めているところ、申立人は配偶者として同一戸籍にないから受理できない、とのことである。

しかし、申立人が筆頭者が死亡するまで配偶者であつたことは戸籍記載上明白であり、戸籍上の配偶者でなかつたのは、偶々申立人が外国人であつたからに外ならない。

従つて、法一〇八条の趣旨を正当に解するならば、外国人である故に戸籍にないものでも、配偶者であるならば、一〇八条にいう配偶者として届出をなすことが出来るものといわなければならない。子に対する親権の行使として。かかる転籍届なども当然になしうるものと言うべく、これを外国人である故をもつて制限すべき合理的理由は全くない。

六、よつて、仙台市長が申立人のなした転籍届を受理しなかつたのは不法であるので、この処分の是正を求め本申立に及ぶものである。

<別紙二>

申立理由補充書

一、申立人は外国人である。

外国人は戸籍法にもとづく戸籍を有することはできない。そして、これに変るものとして、外国人登録法にもとづく登録を行ない、登録手帳を所持することになつている。これが日本における外国人の戸籍ともいうべきものである。当然のことであるが、申立人はこの登録を行ない、登録手帳を有している。すなわち日本政府が日本国民について身分関係を公証登録し、一定の親族団体をその構成員につき出生より死亡に至るまで、身分上の重要な出来事を時間的順序に従い表示するために作つている公文書が戸籍であるとするならば、外国人について、同様のことを行なつている公文書が外国人登録ということになり、申立人はそれを行なつて、日本政府の公証登録を受けているということになるのである。

二、本籍は旧法時代と異なり、今日では故郷であるとか、住所とかには無関係に定められた戸籍の所在を示すものにすぎないことはいうまでもなく、従つて、この本籍の在り場所を変更する転籍も日本の領土内であるならば何処でも自由に変えられるもので、新たな身分関係などを創設するものとかの実質を有するものでは全くない。戸籍法の転籍の要件もこのような趣旨で定められているのでその解釈も、この趣旨を無視していたずらに厳しく、且つ狭く解することなどは正しくない。

三、ところで戸籍法は転籍の届出者を筆頭者夫婦と規定している。

そして解釈として、配偶者の一方の所在不明、意思無能力の時は他方のみで届出人となることが出来るとされ、(昭和二三年二月二〇日日民甲八七号、昭和二三年四月一五日日民甲九二六号各民事局長回答)筆頭者が死亡又は離婚で除籍となり、生存配偶者が姻族関係終了届をしているときも、再婚除籍後離婚復籍しているときも、筆頭者の配偶者とせられる限り、転籍できるとされている。(昭和二三年九月一一日、日民甲二〇七七号民事局長回答、昭和二三年一〇月二〇日、日民甲第三四九九四号民事局長回答)

従つて筆頭者が死亡したとき、生存配偶者が単独で転籍届ができることは明らかである。

四、ところで申立人は筆頭者が死亡するまで配偶者であつたことは戸籍の記載上明らかであり、同一戸籍に入つていなかつたのは、偶々、外国人であるため、公証制度を異にしたからに外ならない。民法上、配偶者であつたということは明らかなことである。

そして、この夫婦間の子まゆみは、日本国籍法にもとづき日本国籍を有することとなつたため、出生と同時に父と同一戸籍によつて、身分関係の公証を受けることになつたもので、その母が外国人の申立人であることも戸籍記載上明らかである。

このような夫婦と子の身分関係を公証登録する戸籍を筆頭者である夫が死亡後、妻が単独で転籍をすることは当然に認められているのであるから、偶々、妻が外国人であるため、自分自身の直接の公証の方法は、外国人登録によるものであつても、現に有している死亡した夫との身分関係、同居して生活している子との身分関係を公証登録する戸籍の転籍を、これに生存配偶者として、なさしめても何んら制度の趣旨をみだすものではない。

そして戸籍法にいう配偶者から外国人配偶者を排除する文理上の合理性も全く存しない。

五、従つて、本申立は正当なものであることは明らかである。

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